モンブラン特別限定品2010年
パトロン シリーズ「エリザベスⅠ世 4810」
- 「罪深き魂の鏡」の表紙の装飾を施したキャップと尻軸
- 女王の正装を彷彿とさせるラッカー
- 女王の統治の心情であった“Video et Taceo(見ているが何も言わない)”の標語が刻まれたキャップ リング
- テューダー朝のシンボルであるローズの装飾
- 十字架にグリーン シンセティック カボションをセットしたクリップ部
- 王冠の装飾が施された18Kゴールドのペン先

- [万年筆]
- 世界限定 4,810 本(ペン先 F / M)
価格 : 290,850 円(税込)
女王エリザベスⅠ世は、王朝名が彼女の名前にちなんで名付けられるほど、歴史への影響が強力であった人物のひとりです。そして今なお、彼女の情熱とカリスマ性は、我々を魅了しています。1559年にイギリスとアイルランドの王朝に就き、その後44年で王朝を世界の七つの海を支配する世界的強国にしただけでなく、近世ヨーロッパにおいて本格的な文化国家へと導きました。ウィリアム・シェイクスピアやジョン・ダウランドといった有名な巨匠たちを輩出し、イギリス ルネサンスが最も繁栄した、このイギリスの最盛期はエリザベス朝として知られています。
エリザベスI世-イングランドへの愛の勝利
エリザベスI世は、イングランドおよびアイルランドの女王として、イギリスで最も影響力のある統治者であったといえます。
1533年9月7日、ロンドン近郊のグリニッジで、ヘンリー8世と2番目の王妃であるアン・ブーリンの娘として、名高いデューダー王家に生まれました。エリザベスは厳しい、人文主義的な教育を受けます。古典文学、修辞学、歴史、道徳哲学を学び、数ヶ国語を習得、音楽を演奏し、古代哲学者の作品を翻訳しました。
父王と異母姉の女王メアリーI世の死後、テューダー朝の王位を継ぎ、1559年、25歳のときにウエストミンスター寺院でイングランドおよびアイルランドの女王として戴冠しました。以来、エリザベスI世は宗教的、社会的な対立から分裂していた国を大いなる政治力と伝説的な外交力で率いていきます。
女王はさらに偉大な国をめざし、英西戦争(1585-1604)でイングランドの艦隊がスペインの無敵艦隊を破ったことでその夢を実現しました。エリザベスI世は「処女王」として独身を通し、子どももいないまま40年におよぶ治世の末に69歳で亡くなりました。戴冠式の場であったロンドンのウエストミンスター寺院に葬られています。
宗教改革からルネサンスへ : エリザベス朝
40年以上続いたエリザベスI世の治世は歴史上“エリザベス朝”としてイギリスの芸術文化が新たな頂点に達した時代でした。
エリザベスI世はその政治的業績―宗教対立の収拾、広範な社会改革、不振のつづいた経済の再建―により、社会のあらゆる階層の人々の心に触れ、魅了し、刺激を与える社会風土を生み出したのです。その統治下でイギリス・ルネサンスが花開き、多くの傑出した芸術家が輩出されました。作曲家ジョン・ダウランドのマドリカル(世俗合唱曲)やリュート音楽は新しいスタイルの音楽として定着し、フランシス・ベーコンの哲学書は経験論の礎を築きました。
けれども彼女の治世にまさしく花開いたといえるのは演劇でした。エリザベスI世はお抱えの劇団「女王一座」まで作り、定期的にイングランドの町や村へ巡業に出して庶民に芸術文化を伝えたのでした。その結果、イギリス中が演劇の魔力に魅了されることになります。
イギリス演劇を代表する人物といえば劇作家のウイリアム・シェイクスピアですが、彼は熱烈な演劇ファンだったエリザベスのお気に入りでした。「真夏の夜の夢」や「間違いつづき」の初演では、女王が国民のあいだに混ざって観客席に座っていたほどです。
エリザベスは1603年に死去し、跡継ぎを残すことはできませんでしたが、経済が繁栄し、文化が花開き、世界に広がる帝国へ発展しようとする、新しいイングランドという遺産を残したのでした。


















