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シェフ : 島田哲也さん~自然体を保ちながら、常にかかとを浮かしておくこと~

文 / 押条良太(押条事務所) Text / Ryota Osujo(Office Osujo) 写真 / 中村利和(BOIL) Photograph / Toshikazu Nakamura(BOIL)

PROFILE

1964年埼玉県生まれ。フランス料理店での勤務の後、23歳のときに渡仏。『オランプ』、『ルキャ・キャルトン』、『アルベージュ』といった有名レストランで修業を積む。約4年間の修業を終えた後、帰国し、1998年に東京・恵比寿に『イレール』をオープン。その後、イレールを閉店させ、肉料理とワインを売りとする白金高輪の『アルヴィナール』をオープンした。著書に『カジュアル・フレンチ 40レシピ』、『home デザート』(ともに河出書房新社)、『手軽にできる カフェ・メニュー』(新星出版社)など。『郁恵・井森のDeli×Deliキッチン』や『料理の鉄人』などテレビの出演歴も多数。

世界有数のグルメ都市、東京。名だたる名店がひしめくこの街は、我々に世界中のあらゆる美味を味わわせてくれるが、その半面、料理人や店にとっては、生き残ることが難しい過酷な街でもある。そんな美食の戦場ともいうべき東京で、十年以上にわたって不動の人気を獲得し続ける料理人がいる。白金高輪にフレンチダイニング、『アルヴィナール』を構える島田哲也さんである。今回は、フレンチの神髄を追求し続ける孤高のシェフに、仕事の流儀をうかがった。

島田さんは1964年埼玉県生まれ。驚くべきことに、料理を始めたのは小学生の頃だという。「土曜日は授業が午前中で終わるため、自宅で昼食を食べていました。ただ、私の家は両親が共働きだったため、昼食を自分で作っていたんですよ。といっても、お手伝いという意識はありません。母はちゃんと昼食を用意してくれていたんですが、私はどうしても作り置きの味がどうしても気に入らなくて、それなら自分で作ってやろうと。母の見よう見まねですが、ご飯を炊いたり、豚肉を炒めたり。同じ素材でも、うまく料理すれば、味がはっきりと変わる点に子供ながらに感動しました」。

高校時代は音楽に熱中。世は空前のバンドブーム、島田さんはベーシストとして活動していた。プロデビューの声がかかるほどの腕前だったが、島田さんは結局、音楽の道を断念する。「音楽は大好きでしたが、生きていくための手段にはならない、と思ったんです。当時の目標は、喫茶店のマスターになることでした。喫茶店でアルバイトをして、パフェやスパゲッティを毎日真剣に作っていましたね。料理をすることが純粋に楽しかったですし、評判もわるくない。私はやはり料理人になったほうが、より多くの人の役に立つんじゃないか、と考えるようになりました」。

その頃、偶然入った書店で、島田さんはフランス料理と運命的な出会いを果たす。「柴田書店の『月刊専門料理』という雑誌に掲載されていたフランス料理の写真を見て、『世の中にはなんて美しい料理があるんだろう!』と衝撃を受けました」。直感が閃いたら、すぐに行動するのが信条。早速、フランス料理店でバイトを始めた。

シェフ : 島田哲也さん
「フランス料理の魅力とは?」と伺うと、「楽しい体験ができること」との答えが。「フランス料理のフルコースを食べると、3、4時間に及ぶことも。お客様を飽きさせないために、我々は料理の味だけでなく、盛り付けやお出しするお酒など、あらゆる知恵を絞ります。そしてソムリエやパティシエといった専門的な技能を持つ数々の人間が力を合わせてテーブルを盛り上げる点もフランス料理の特徴です。フランス料理は、文化や自然、人々の知恵が結集されたエンターテイメントでもあると思います」。

ところが、アルバイトを続けるうちに、『本番のフランス料理を見てみたい』という思いがどんどん強くなり、島田さんはフランス行きを決心する。約2年間、アルバイトをかけもちして旅費を貯め、意気揚々とフランスへ渡った。

しかし、何のコネクションもない上に、フランス語もままならないため、まったく仕事にありつけなかったという。「しばらくして、パリに日本人のオーナーシェフがいると聞き、すぐに会いに行ったんです。するとその方から、あまりに無茶だと叱られました。ずいぶん絞られたんですが、後日、私を雇ってくれるお店を紹介してくれたんです。見ず知らずの私にあれほど親身になってくれたことには、感謝の言葉が見つかりません」。

数軒のフランス料理店を渡り歩いた後、パリの1つ星レストラン、『オランプ』に入店。「当時のパリはレストラン同士のネットワークが密接で、がんばっていると、働きたい店を紹介してもらえることもありました。オランプは厳しい店でしたが、不思議とつらくてたまらないということはありませんでしたね。夢にまで見た本場の、しかも1つ星レストランの技術が学べるんですから。見るもの触れるもの、すべてが新鮮でした」。乾いた砂が水を吸い込むように、島田さんは知識と技術を吸収した。「たとえ指示通りに作業をする技術があっても、言葉がわからないと、使えない奴と思われてしまう。だから、フランス語の勉強にも力を注ぎました。パンツのヒップポケットに小型の辞書を入れておき、わからない単語があるとすぐにチェック。もう必死でした」。ぼろぼろになったその辞書は、今も大切に机にしまってあるという。

その後、3つ星レストランの『ルキャ・キャルトン』を経て、同じく3つ星の『アルベージュ』へ。熱意と非凡な才能を認められた島田さんは、アルベージュでは、魚料理の責任者を任された。二十代後半という年齢を考えても、大抜擢といえるだろう。

パリでの4年間の修業を終えた後、帰国。『ロ・ア・ラ・ブッシュ』で一年半勤務した後、『トラント・トワ』へ。同店では5年間にわたって料理長を務めた。ただ、料理人なら、一度は自分の店で、思うままに理想の料理を作ってみたいと思うものである。島田さんは一念発起、1998年、東京・恵比寿に『イレール』をオープンさせた。

「正統派のフランス料理を、肩肘張らずに気軽に楽しんでほしい」というコンセプトを掲げた同店は、またたく間に予約を取るのが難しい人気店となった。当時はイタリアンの全盛期、フランス料理の人気に翳りが見える時期だったにもかかわらず、安曇野の新鮮な野菜をふんだんに使ったヘルシー志向のフランス料理は、人々から喝采をもって受け入れられた。「当時、フランス料理といえば、敷居が高くてヘビーというイメージがまだまだ強かったんです。そんなイメージを払拭するべく、私は野菜を豊富に取り入れた体に優しいフランス料理で勝負することにしたんです」。2001年には六本木にフレンチダイニング・イリゼを、2003年には二子玉川に『イレール・ドゥーブル』をオープンさせる。

しかし、2010年、島田さんは、12年間営業を続けたイレールを突然、閉店させる。「私には本当のフランス料理を日本に広めたいという大きな目標がありました。そして本当のフランス料理とは何かを考えたとき、心に浮かんだのは、パリでの修業時代でした。私は生きていく力を与えてくれる数々の肉料理とフランスの豊かな肉食文化に感銘を受け、来る日も来る日も必死でそのノウハウを学んだものです。私は確信したんです。フランス料理の神髄は、やはり肉料理にあるのだと」。周囲からはイレールを続けて欲しいという声も少なくなかったが、目標に全力投球したいという思いから、イレールをはじめ、すべての店を閉店することにした。

シェフ : 島田哲也さん
「どんなに帰りが遅くても、食事は必ず家でとります。これが健康の秘訣」と島田さん。食事は料理評論家でもある奥様の島田まきさんが、栄養のバランスを考えて作っているという。「食後は音楽を聞きながら、赤ワインを少々。頭の中がリセットされる至福のひとときです」。

新しい店の名は『アルヴィナール』。耳ざわりのいいこのネーミングは、フランス語で木を意味する「アルブル」とワインを意味する「ヴァン」、そして肉を意味する「ヴィアンド」、この3つのワードを組み合わせた造語である。内装には、店名通り木材が多用され、コンクリートの壁も木目調になっている。活気を感じさせるオープンキッチンなど、まるでニューヨークのフランス料理店を思わせる雰囲気だ。特別な日のディナーから、普段のランチまで、幅広い使い方ができる点も魅力的。

メニューには牛や豚、羊といったオーソドックスなものから、鳩やうさぎ、うずら、鹿など、あらゆる肉料理がラインナップされる。世界中から選りすぐった肉を、ベストな熟成度合いと調理方法で提供するのが同店のモットーだ。ディナーはアラカルトが中心で、そのわけは、「コース料理だと、誰かが約束の時間に遅刻しても、食事を始められるから」だという。ワインもこの店の名物で、フランスをはじめ、スペイン、オーストラリア、カリフォルニアなど、常時150種類以上の銘柄を揃えている。中でも日本のワインの充実ぶりは、目をみはるほど。食後の一杯だけでも楽しめるよう、カウンター席も用意されている。

現在、島田さんは47歳。この規模の店のオーナーシェフとしては、若い部類に入るし、イレールのオーナーになったのは、わずか34歳のとき。料理人として、成功を収めた島田さんに、その秘訣を聞いてみた。

「パリでの修業時代、天才というべき技術を持った料理人を何人も目にしました。修練だけでは到達できないであろう技術を持つ料理人は、たしかに存在します。そういう意味では、私は天才ではないと思います。ただ、私はお客様が何を望んでいるかを察知する能力は、人よりすぐれているかもしれません。お客様の人柄や年齢、体調に合わせて提案する料理を決めたり、味つけを変化させたり。自分が作りたいものではなく、お客様に喜んでもらえるものを作ることを常に心がけています」。

そして仕事に対するポリシーは、「自然体を保ちながら、常にかかとを浮かしておくこと」だという。「あらゆる物事を決めつけることなく、できるだけ柔軟に考えるようにしています。そうすれば、いい縁や好機を捉えるアンテナの感度を高めることができますから。そしてすぐに飛び付けるよう、かかとを浮かせておく。つまり、心のフットワークを軽くしておくことです」。時代の先を読むプロデュース力は、こうした心がけから生まれるものかもしれない。

島田さんの話には、「夢」という言葉がほとんど出てこない。「私は夢と目標は異なるものだと思うんです。目標というものは、夢よりも、いっそう具体的なもののような気がします。それに夢は掴めない可能性がありますが、目標は、目の前にあるひとつひとつの物事を着実にこなしていけば、いつか必ず辿り着けるものだと思います。だから、私は、目標という言葉を使うんですよ」。現在の目標は、フランス料理をさらに日本で繁栄させること。島田さんと話していると、フランス料理に対する深い敬意と誠実な姿勢がひしひしと感じられる。

フレンチの神髄を追求し続ける料理人、島田哲也。洗練と気品、そして野趣を兼ねそなえたアルヴィナールの料理は、食べるよろこびを味わわせてくれるだけでなく、生きていくための力を与えてくれる。

アルヴィナール

アルヴィナール

〒108-0072
東京都港区白金1-27-6
白金高輪ステーションビル1F
TEL : 03-5793-5757
営業時間 :
ランチ/11:30~15:30(ラストオーダー14:00)
ディナー/18:00~23:30(ラストオーダー22:00)
定休日 : 無休

アルヴィナールのホームページ
http://www.arvinard.jp/

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