文 / 押条良太(押条事務所) Text / Ryota Osujo(Office Osujo) 写真 / 中村利和(BOIL) Toshikazu Nakamura(BOIL)
PROFILE
1968年東京都福生市生まれ。大学在学中より、ギャラリーたからしに見習いとして勤務する。その後、ミヅマギャラリーにて勤務。アートフェア出展の手配やオークション代行、コミッションワーク、イベントの手配事務、近現代絵画の売買、古美術の真贋調査、美術館営業、百貨店企画や出向、地方行商、不良債権の処理、代替わりの処分などの幅広い業務を経験する。2004年に独立後は、田中功起氏をはじめとする現代作家の展覧会の企画、セールス、マネジメントにあたる。なお、『青山|目黒』では、7月16日~8月6日の4週間にわたって、田中功起氏の個展を開催する予定。今、クールジャパンの力をもっとも体感できるジャンルといえば、間違いなく現代アートであろう。目下、東京には、世界中のアートファンから注目を集めるギャラリーが続々と登場している。「PEOPLE」では、今をときめく数々のギャラリストにスポットを当ててきたが、今回注目する人物は、『青山|目黒』の青山秀樹さんである。
『青山|目黒』は、東京は中目黒にあるギャラリー。もともと運送会社の社屋だったというギャラリーは、見上げるほどに天井が高く、さらに駒沢通りに面した外観は全面がガラス貼りになっている。自然光が差し込む開放感にあふれた雰囲気が印象的だ。また、建物内のスペースを建築設計事務所と特殊塗料を扱う会社のオフィス、デザイン関連のプロダクツを扱うショップとシェアしている。そのため、外から見ると、作品と働く人々が混じり合う不思議な光景を目にすることができる。
展示されるのは、田中功起氏をはじめ、佐藤純也氏、ロッテ・ライオン氏、五月女哲平氏など、新進気鋭のアーティストの作品である。「アートを選ぶ基準は、コンセプトがしっかりしていて、視覚的にも充実している作品です。作家の生い立ちや背景から文脈がつくられるような表現よりも、作品そのものの力を重視します。個人的には、ビジュアルがチャーミングで、見るたびに鑑賞者の知覚がアップデートされるもの」と青山さん。
青山さんはギャラリー勤務を経て独立している。その点は多くのギャラリストに共通するところだが、ひとつだけ違う点がある。「僕自身は、自分のギャラリーを持つという夢を持って、それを目標にしてがんばったわけじゃないんです。いつも目の前に不思議とアートに関わる仕事があった。その仕事を続けていたら、いつの間にかギャラリーを始めることになっていた。そんな感じです」。
青山さんの経歴について触れておこう。青山さんは、1968年、東京都福生市の生まれ。「いたって普通の子供だったと思います。特に美術に関心はありませんでしたし。ただ、父親と叔父が美術好きだったため、家には絵画や画集がありましたね。今から思えば、生活の一部に美術があったといえるのかもしれません」。
「小学生のときに江東区に引っ越しました。下町で、町工場が多い街でして。友達も家が工場を経営している子が多く、遊びに行きがてら手伝いをすると、おこづかいをもらえるんですよ。配管やテントを修理する仕事などいろいろな仕事をしました。どうしても買いたいものがあったわけではないんですが、一生懸命働くと、一人前に社会経験しているような気がしてうれしかったんです」。
大学時代はアルバイトに熱中。「もともと働くことが好きで、大学生の頃は、接客業に興味があったんです。自分の心遣いや仕事ぶりによって、相手の心が反応する。接客業の奥深さに惹かれました。それにきちんとした接客ができれば、何をやっても、なんとか食べていけるだろうと思って。スーパーやレストランのウエイター、バーテンダー、ありとあらゆる仕事をしました」。
いっときは本気でプロのバーテンダーを目指したこともあったという。しかし、一か月ほど英国とアメリカへ旅行に行き、帰ってくると、なんと店がなくなっていた。「そこで心機一転今までとはまったく別の接客業をしようと思ったんです。ぱっと浮かんだのが、花屋さんとギャラリーでした。でも、花屋さんとは縁がなかったのか、ギャラリーと同様たくさん受けましたが、まったく駄目でした。しかし、ギャラリーのほうは運よく近代絵画を扱うギャラリー・たからしが見習いで取ってくれたんです。やってみると、絵画を販売する仕事はやっぱりすごいな、と思ったんです。マニュアルもありませんし、普通の製品を売るのとは、わけが違いますから。ただ、ギャラリーの仕事自体は好きでしたが、当時はこの仕事を一生やろうとは思ってはいませんでしたね。これで食べていけるという確信を持てませんでしたから」。
「次は何をしようか」と漠然と考えていたが、そんなとき、東京のあるアートフェアで、ヤヌス・アビブソン氏と偶然再会する。「彼は英国のギャラリストです。先ほど話した英国旅行のときに、ロンドンで彼と友だちになったんです。『お前、今何をしているんでした?』って聞かれて、『しばらくギャラリーで働いていたが、もうすぐやめるつもりだ』と答えたんです。すると彼は『ちょうどいい! 俺の仕事を手伝ってくれ』と言われて、急遽彼と一緒にヨーロッパのアートフェアを巡ることになったんです」。
「バーゼル、ベニス、アムステルダム、南フランス、ドイツとヨーロッパ中を回りました。各地でアートに触れるうちに、僕自身、理屈に抜きに作品の力を感じて、再び人とアートを結びつける仕事がしたいと思うようになりました」。
ヨーロッパから戻ると、すぐさまミヅマギャラリーから電話がかかってきた。「本当に偶然です。ミヅマさんはたからし時代に何度か存じ上げていて、それで私に声がかかったんです。搬入の人出がいるから、手伝いに来て、と。そのままいつの間にか、セールスマンとして働いていました」。
「セールスマンとはいっても、行商以外に、アートフェアやイベントの出展の手配やオークションの代行などいろいろな仕事をやりました。なかでも思い出に残っているのは、美術館に作品を売り込む仕事ですね。当時は90年代の半ば頃。まだ地方に美術館を作ろうという計画が残っている頃で、建設途中の美術館がぽつぽつあったんです。その数年の間、私は数少ない営業先を探し回ったんです。日本中の役所に片っ端から電話をかけるんですが、準備室の担当者は、まず、相手にしてくれません。だから、直接会いに行って売り込むんです」。
会ってくれない担当者に対しては、朝駆けという手をよく使った。「あえて朝礼の時間帯に、『おはようございます』とアポなしで突撃するんです。まあ、たいがい邪険にされるんですけど、ときどきは熱意を認めてもらってうまくいくことも。これが縁になって、後日、地元のアーティストを紹介してくれたこともありました」。
真贋調査や百貨店の企画展も勉強になったという。「真贋調査は興味深い仕事でした。遺産の相続などで、家にある美術品を処理したいという依頼が入ってくることがあるんです。家や会社にうかがって、作品を調査し、資料としてまとめ、鑑定はそれぞれの分野の専門家に依頼します。彫刻や陶器、時計など美術以外の本物にも触れることができた貴重な経験でした。ずっと本物に触れていると、本物と贋物の違いが、だんだんわかってくるようになるんです」。
「百貨店の中で催す展示会の企画運営もためになる仕事でした。百貨店ですから、美術にまったく興味のない人が、ぶらりと入ってくることが少なくありません。ごくまれにですが、こちらが解説を話すうちに、お客様の波長と作品の波長がシンクロし始め、決して安くはない作品が、思いがけず売れることがあったんです。アートの力がひしひしと感じられる瞬間でしたね」。
つまり、青山さんはセールスマンの仕事にやりがいもよろこびも見出していた。にもかかわらず、なぜギャラリストとして、自分のギャラリーを持とうと思ったのだろうか?「いちばん大きな理由は、アーティストとの出会いです。セールスマンを続けるうちに、田中功起さんなど、自分の回りに世間に紹介したい作家が増えてきて、それじゃあ自分でもやってみよう、という気になったんです」。
2004年に目黒のマンション内に最初のギャラリーを開廊。現在の駒沢通り沿いにある『青山|目黒』は、2007年にオープンした。印象的なギャラリー名について聞くと、「よく聞かれるんですが、1984年に公開された映画『パリ、テキサス』(英名『Paris,Texas』)をヒントに考えついたものなんです。あの映画って、タイトルだけ見ると、てっきりパリとテキサスの話かと思ってしまうんですが、実際は、テキサス州にあるパリスという街のことを指しているんです。映画のあらすじは、記憶を失った主人公が、息子と妻を探す旅に出るというもので、その主人公が帰ろうとしていた場所が、テキサス州のパリスなんです。この映画のタイトルをヒントにした理由は、それまで芸術に対して抱いていた先入観や情報抜きに私のギャラリーに来てもらうと、一体その人に何が起こるのか、ということに興味があったから。ただ、その時点では仮称のつもりだったんですが、その後、3度移転しても場所が目黒だったので、そのままにしているんです」。
『青山|目黒』という字面を見ると、青山と目黒という地名が並んでいるようにも、二人のオーナーの名前が並んでいるようにも見える。ちなみにギャラリーがオープンする前は、『青山,目黒』だったらしいが、視覚的なおもしろさから、開廊直前に『青山|目黒』に変更したという。
「僕は遠回りした結果、ギャラリストという仕事に巡り合えたんです」と青山さんはいう。何度か別の道を歩もうとしたこともあったが、その都度、不思議な力によって青山さんは美術の世界に引き戻されている。そして遠回りこそしたが、その道中で経験したすべてが、現在のギャラリー経営に大いに役立っているという。
「なかでも接客業は経験していてよかったと思います。ギャラリーでは、第一に作品を見ることに専念して欲しいわけですから、やたらと話しかけるわけにはいきません。とはいえ、なかには、作品やアーティストのことをもっと知りたいと思っている方もいる。そういった空気を読み取る技術は、長年続けてきた接客という仕事によって培われたと思います」。
「現在の僕の夢は、ひとりでも多く、美術に触れる機会を増やすこと。良質なアートは、単なる嗜好品ではないと僕は考えています。一点一点の作品にいろいろな知恵や情報が集約されていて、鑑賞する人間の気持ちを解き放ってくれることもある。水や食物と同じくらい、生きていくために必要なものにもなりうるんです。その幸福な出会いの機会を僕のギャラリーでつくることができたら、最高ですね」。

(c)Takashi Kato
〒153-0051 東京都目黒区上目黒2-30-6
TEL : 03-3711-4099
開廊時間 : 11:00~19:00
休廊日 : 日曜日、祝日
















